7月4日(土) 0430起床 (117/72)
天気 曇り時々雨
気温 24℃
一ケ月前に播種した「空心菜」が、採れる程に伸びた、予て約束していた友にその「空心菜」を届ける。友曰く「此れか!売ってないよな!」。旺盛な繁殖力で青菜の不足する夏のお助け野菜である。其れも此れも梅雨の雨が旺盛な繁殖力を支えている。
毎年忘れることなく確実に真っ当に梅雨前線が停滞して梅雨になる。この当たり前を暮らしの中に極自然に受け入れ毎日を過ごす。よって、南から南西からの強風で海が時化て出航も出来ず、陸からのキス釣りが出来なくとも明日があるさとのんびりである。
今朝も南から南西からの風が強く時化、海に近付くこと不可である。
ならば、飲むか
今季塩漬けしたラッキョウは5kg、そのラッキョウの最後の一皿である。食べたから無くなるのだが、この時期当たり前の食材、シャキシャキの塩漬けだから無くなると分って初めて「また来年!」と納得する
小菜園から採った「胡瓜」は、スライスし塩を振り掛け口に入れる。ラッキョウとはまた違う好い塩梅のシャキシャキが「肴」になる
塩鯖と茶碗蒸しとコンニャク・ジャガイモ・筍の煮物の「肴」も好い酒にしてくれる
梅雨は当たり前に来る、三食日本食も当たり前、此れが実に奇跡的に残ったなど知る由もない。「この一文が全て英語」だったら、梅雨は当たり前に来る、三食日本食も当たり前と述べても、季節の機微が伝えられたかどうか。
「漢字」「ひらがな」「カタカナ」の表記は、1945年今からたった80年前「漢字」「ひらがな」「カタカナ」の日本語を、公用語は「英語」と云う不可逆な大転換の瞬間があったらしい。
「漢字」「ひらがな」「カタカナ」が日本語として残ったのは奇跡だったのだ。「英語化」に抵抗したの誰かなど知る由もない、しかし今日本の四季や暮らし、景色、山旅三昧を「漢字」「ひらがな」「カタカナ」で記せることに安堵している。
世間で賑やかな「安定的な皇位継承」の議論を聞きつつつらつら感ずるに、「あの時、あの当たり前を」残して良かったと恐らく確実に80年後の日本人は思うのだ。
世界の多くの国とは異なる、文化・伝統・食・日常の技も暮らしも、愚直な、どんくさい、説明も付かない、曖昧模糊とした空気、にあるのだ。この空気を変えなかった事を恐らく80年後に感謝される。













