2016年4月7日木曜日

雨の日の山旅は大忙し


4月7日(木) 0430起床 (---)
天気 雨
気温 11℃

雨予報なのだが起きた時点では降っていなかった
そのうちポツリポツリと降り出し、ついには本格的な雨になった
雨の日の山旅は大忙しである
雨の日の山旅の家事第一は、コインランドリー、雨なので一般の利用者が多い。其処を掻き分けて洗濯200円、乾燥200円で洗濯完了
家事の第二は、ゆでたまご
熱湯に生卵を入れること12分で出来上がり。茹でている途中で今日も3コ割ってしまう




家事の第三は、圧力釜でご飯を炊く
肝心なのは「30分、なんの30分」「コメに水を吸わす30分」、水を吸ったお米を圧力釜で極小のとろ火でぼちぼち炊く。












炊きあがったご飯を、塩昆布を塗してラップお握りにする
塩梅が肝心











家事の第4は、カレー乃至カレースープを炊く
ジャガイモ半分、玉ネギ一個、エノキ一束、モヤシ一袋、豚肉200g、カレールー2個これが全て
20分で出来上がり











1400時 カレーを肴に「雨の日の山旅」を楽しむ
麦酒、焼酎によく合うから不思議。













とちおとめの里の「いちご狩り」の看板が立っているが、こっちには無縁
いちご狩りの農園の駐車場は、雨に関係なく満車状態
山旅とは違う時間がここでも流れている
明日は晴れる、その後も天気は続くらしい
一時の休息を楽しむ

2016年4月6日水曜日

「大平山(346m)・晃石山(419.1m)」「唐沢山(249m)・諏訪岳(323.7m)」に登る


4月6日(水) 0400起床 (---)
天気 晴れ
気温 3℃

霜注意報が出ていた、成程納得の冷え込みだった。
今日は二つの里山を歩く
まず一つ目は、大平山県立自然公園、関東ふれあいの道として整備されている山

「大平山(346m)・晃石山(419.1m)」
歩行距離 6.1㎞ 所要時間 2時間00分 累積標高差 406m
コースタイム
0625時 大平山神社発
0640時 大平山山頂
0650時 ぐみの木峠
0720時 晃石山山頂
0825時 大平山神社
大平山神社は、製鉄の神様、荘厳な雰囲気です
その境内からの「関東平野」は一望、満開の桜越しの圧倒的な展望でした









の大平山神社の背後に山が「大平山(346m)」生憎展望はありません













「関東ふれあいの道」を辿ると「ぐみのき峠」に出る
里山といえど静かな山歩きです
この時間に、空身の山歩き人に10数人遭遇するからびっくりだった
年の頃なら「団塊の世代」、皆さんお元気です









峠から登ること30分で「晃飯山(419.1m)」着
ツツジが咲く静かな山頂から関東平野北部の山裾に「ビニールハウス」がキラキラ輝いていました。
イチゴハウスかな?
とちおとめかな?










大平山神社から唐沢山神社に移動します
二つ目の里山を歩きます

「唐沢山(249m)・諏訪岳(323.7m)」
歩行距離 9.2㎞ 所要時間 3時間06分 累積標高差 569m

コースタイム
0940時 唐沢山神社駐車場発
0950時 唐沢山(249m)神社
1055時 京路戸峠
1119時 諏訪山(323.7m)山頂 
1246時 唐沢山神社駐車場着

唐沢山城跡が唐沢神社、神社の起源はもとより、山城の石垣や空堀に甲冑の音が聞こえるようだった











本丸跡に唐沢神社の社殿が建っている
車道が直下まで上がっているので参詣者が多数である












諏訪山までの道は「関東ふれあいの道」として整備されているので、ここも「団塊の世代」の皆さんが元気に歩いていらっしゃいました
この「関東ふれあいの道」は、「松風の道」と呼ばれているらしい
1980年代の松くい虫で、巨木だった松は消えた。それでも生き残った松に「松風の道」を感じる








歩くこと1時間40分 
「諏訪山(323.7m)」山頂着
稜線を忠実にたどると大きなアップダウンを繰り返すけれど、「関東ふれあいの道」はこのアップダウンを避けて設けられている。皆さんはこの道だが、私は敢て大きなアップダウンを選択、これからの山旅の足慣らし、それでも帰り着く頃には足はパンパンだった
明日は雨らしいので、パンパンの足を温泉で揉み解します

2016年4月5日火曜日

「万葉の三毳山(みかもやま)229m」


4月5日(火) 0400起床 (---)
天気 雨
気温 9℃
0400時起きたら雨、雨は午前中の予報だった
1100時、雨と言っても霧雨だったのだがこの時刻止みそうな気配だった
散々待たされたけれど「東口広場」の駐車場に行く

三毳山(青竜22ヶ岳9m、中岳209.8m)
歩行距離 5.3㎞ 所要時間 1時間35分 累積標高差 322m

コースタイム 
1110時 東口広場発
1140時 三毳山(青竜ヶ岳229m)
1220時 三毳山(中岳209.8m)
1245時 東口広場着

起きたら霧雨が降っていた
それでもそうめん味噌汁を頂いて待機、長い長い待機に入る
5時間後、それならと圧力釜を出して「2合」のコメを炊き、6個のお握りを作る
そのころから霧雨がさらに細かい霧に変わり雨が止む
何時ものリュクを担いで歩き出す
だんだん急になる斜面をハイキングコースを外して歩く




三毳山「青竜ヶ岳229m」は、ガスの中展望は無し、その代わり直下を走る「東北自動車」の車の走る音が聞こえる。
万葉に詠まれた「三毳山」その関跡が静かだった









「中岳209.8m」は、関跡からひと登り
















、展望のない山頂でも関東平野の端っこの高見の存在感は圧倒的だった











そして下るとカタクリの斜面、花期は終わっていたけれど、その一面だけ 我 を忘れる緑だった














山には「こぶし」と「さくら」が立っている。咲いてこそ分かる「こぶし」と「さくら」はこの時期だけその存在を知らせるから愛おしい











足元には二輪草だから「春満喫」、お客さんが引きも切らず。
いよいよ山旅が始まった
佐野ラーメンで祝す

2016年4月4日月曜日

2016は栃木南部から


4月4日(月) 0500起床 (---)
天気 雨
気温 14℃

栃木南部の明日の天気は曇り、降水確率午前10%、午後20%と出た
2016年山旅は、栃木県南部からスタートとなった
今年の山順は、栃木県→群馬県→新潟県→長野県と旅するがどこまで行けることか?
昨夜は、この計画を頭の中で練りつつ「ヒレカツ定食」を草津PAで頂きながら、ぐっつり焼酎を頂いた。







朝0500時 ミニうどんを食べていざ出発、残り500㎞の算段は「新名神経由」のナビの算段だったらしい。草津SAから名神に乗った途端に栃木南部まで「540㎞」を表示した。










中央道から長野道へ、雪の山を眺めつつ走る積りが、生憎の雨で山は全く見えなかった
ただ、「安曇野 大町 白馬」の緑の標識で、山並みを想像したのみだった












上信越道は、ガスの中の走り濃いガスで山どころか走りに細心の注意だった












それでも、上田 真田ゆかりの「東部湯の丸SA」で、













醤油ラーメンを食べて大満足です
栃木南部から始まる「2016年山旅三昧」、義母に見守られつつ山を味わいます
「2016山旅」 無事の山行に「乾杯」

2016年4月3日日曜日

滋賀県草津SAまで北上


4月3日(日) 0600起床 (---)
天気 曇り
気温 16℃

大阪圏に入った途端に渋滞且つ混雑だった
日曜日で高速道路が空いている積りだったのだが、目算が外れた
遠出の花見帰りと見た。
やっと滋賀県琵湖畔草津SA着だった
走行距離 700㎞
所要時間 9時間
使った燃料 57.66Ⅼ
燃料代 6881円

関門海峡を再び渡り、本州を走る
高速道路の両側、桜が満開豪華絢爛、山陽道は快適走行です


佐波川SAで見つけた「海鮮ラーメン(770円)」は、めっけものだった
「成程、こう来るか」 絶妙の海鮮バランスだった
今日は草津SA泊
麦酒と焼酎で疲れを癒して、明日残り500㎞を走る
山よ、待ってなさい

2016年4月2日土曜日

明日再北上する


4月2日(土) 0600起床 (---)
天気 晴れ
気温 14℃

再度の北上の準備にかかる
行動食「サラミ」「チーズカマボコ」「ソーセージ」
缶詰「サバの水煮」「カツオフレーク」「サケ」
野菜「ジャガイモ」皮をむいてポリ袋に入れた
「行動食」・「α米」・「スープ」・「ラーメン」・「ドライ食」・「カレー」・「乾麺」・「缶詰」・「調味料」・「野菜」を一品、一品数量を確認する
確認した品物を、4月2日時点の手持ちとして一覧表にまとめた





この一覧表を、山に登るたびに消込み消費した品物を買い足しす
車の中をいちいち掻き回すことなく行動ができるところが気に入っている
軽量化と摂取エネルギーの塩梅にも約立つ
つくね、豚バラ、鳥皮、鳥串を頂きながら、準備が進む
明日は、再北上する。

2016年4月1日金曜日

現役です


4月1日(金) 0830起床 (---)
天気 雨
気温 13℃

「昨夜は何時だった」
「12時だったわよ」
そうか12時だったんだ
福岡天神で旧友と一献、結構酔っぱらっており帰りのタクシーで居眠りして家を通り過ぎてしまい、
運転手さんに起こされ「どこでしょう」と尋ねられる始末。
屋台で二次会






豚骨ラーメンで〆る













博多のラーメンは美味しかった
5月の再会を約す













博多の実家の電話は、ダイヤル式の黒電話である
当然現役バリバリ
わが孫たちがこの電話見ての反応が思いもしないものだった
「?」
どうやって電話をかけるかを知らなかった
「ボタンがない?」
ダイヤルを回すことを知らない
「お母さんの携帯に掛けてみる‼‼‼」
受話器を置いたままダイヤルを回している
「受話器を取って、回すのよ」
「?」
「指が止まるところまで回すのよ」
指が途中で外れてやり直すこと数回
「掛かった、やったー」
1965年3月5日電電公社検収の黒電話
御年51歳 現役です