2019年3月10日日曜日

熊野古道を事前調査しつつ熊野三山にお詣りする


3月10日(日) 0430起床 (---)
天気 雨
気温 6℃

昨日、近露王子跡で一日の行動を終了する
明日は、「熊野古道中辺路」の内「滝尻から熊野本宮大社」、「小雲取越・大雲取越」の二区間を事前調査する

中辺路の中間地点が「近露王子跡」、歴史的遺物ともいうべき地域の拠点である








其処に「鹿児島?」と声が掛かる。「山登ってます。が、古道も歩きたくて」。
話し相手は「熊野古道のエキスパート」、何故なら一談義終わってブログの続きを打っていたら、家に帰ってブログ見て再度お出でになる。「ブログに載っている岩屋山は(いはやさん)と云います。妻の父が歴史家でして」地域に拘る御忠告を頂く。ご本人も「熊野三体月語り部の会所属、近々「熊野古道・中辺路ウォーク≪平成最期の春の陣≫」のガイドをすると仰る。
名刺を交換、自信のフェイスブックを紹介いただき見る事を約束する。地域に根付く事こそが「世界遺産」そのものだと感得し感謝です。こういう出合いは嬉しい





「近露王子」から「熊野大社本宮」へ山旅号を走らせる
「熊野古道」は山の中へ、再び出会うのは「熊野本宮大社」、
山旅号と共に「熊野古道」を歩くためには、到着地点「熊野本宮大社」に山旅号を置いて出発地の「近露王子」から歩く。そのためには出発地点に「バス」で移動しなければならない。






バス停の確認とバス時刻表のチェックをして「熊野古道(滝尻から熊野本宮大社)」までの一泊二日の歩きの概略設計がなる。
「熊野本宮大社」までの歩きはなった。連続する次の「熊野古道・(小雲取越・大雲取越)」一泊二日の事前調査である。















頑張れば一日走破は可能と見た。中継地点「小和瀬」まで上がり現地を確認する
昔の雰囲気が色濃く残る渡しの跡である。この雰囲気は中々持てない、他所では今は失われ、此処に今に残る貴重な空気である










肝心なのは、若し一日強行軍がならなかった場合の、一泊二日の「バス停」と「バス時刻表」しっかり確認メモする













そして「小雲取越」から「大雲取越」へ、その取っ付きも確認する











「熊野本宮大社」から「小雲取越・大雲取越」で行き着く先は「熊野那智大社」である
「熊野那智大社」への道中に「熊野速玉大社」がある。お詣りする。
色鮮やかな朱と朱を包む緑が此処だけの世界を作る。日本人だからこそわかる美だと思うの間違いだろう。大勢の西洋人が訪れる理由は此れに他ならないのかも知れない



「熊野那智大社」に行き着いたとしても、果たして「山旅号」に如何にし辿り着くかが問題。
此処で、何時に着けば何時のバスに乗り、何処で乗り換え、山旅号に戻れるかの問題の解答が出る。












結果、一日で強硬走破してもバスに間に合わない、山旅号には戻れない。
今日の「熊野古道」(滝尻~熊野本宮大社)と(小雲取越・大雲取越)の事前調査で出た結論は、二つの区間共に一泊二日、四日が掛かりになると云う事である。
山歩きでは考えられない「現地事前調査」であるが、現場で確認が山旅三昧にとって最善の策なのである。


熊野三山「熊野本宮大社」「熊野速玉大社」「熊野那智大社」を連れと共にお詣り、旅の安全を祈願できたし、事前調査は完了である。
「熊野古道」を四日間じっくり味わうのも、山旅三昧の大事な区切りになる
こう云う歩きも山旅三昧なのだろう

2 件のコメント:

  1. おはようございます。
    そんなにかかるんですね。
    熊野古道は奥が深いですね。とんでもないスケールをむかしの人は整備されたんですね。
    西洋人もその歴史の深さが日本人たるもの日本たるものを学べる場所になっている。
    都会や下町では、味わえないものがあるんですね。

    返信削除
  2. 今日は月曜日、観光客は疎らな中に「西洋人」のみが多数、だから特に「西洋人」が目立つ。私「山旅仙人」も深く知るわけではないけれど、「熊野詣で」「上皇・法皇」「古道」「熊野川」etc少しは聞いたことがある。ところが「西洋人」にとっては全てが「初見」、その戸惑い、エキゾチックさ、未知との遭遇、歴史の生き様等々ネットに書く事柄は尽きないのではないか。書くには知らなければ書けないから、書くに十分な情報が現地に溢れているのだろう。
    世界級の他に比べようのない「地域」の暮らしと其処に在る「地域資源」を見つめ直す、これに尽きる様な気がしています

    返信削除