2019年3月13日水曜日

世界遺産「熊野古道(中辺路)」を歩く


3月13日(水) 0400起床 (---)
天気 曇りのち晴れ
気温 4℃

本日の到着地「熊野本宮前バス停」に山旅号と連れを置いて0500時紀伊田辺行バスで「近露王子跡」に向かう
小広峠で下車二人、此処から歩くらしい
近露王子跡で下車は山旅一人、残りの皆さんは「滝尻」らしい
0650時集落は朝まだ早い、霧が薄っすら立ち込める中出発








世界遺産「熊野古道(中辺路)」(近露王子跡~熊野本宮間)
歩行距離 27.3㎞ 所要時間 7時間15分 総上昇量 966m 移動平均速 4.9㎞(全体平均速 3.8㎞)

0650時 近露王子跡発
0729時 比曽原王子
0745時 継桜王子
0801時 中川王子
0823時 小広王子
0833時 熊瀬川王子
1010時 蛇形地蔵
1020時 湯川王子
1045時 三越峠
1150時 発心門王子
1215時 水吞王子
1247時 伏拝王子
1350時 祓殿王子
1355時 熊野本宮大権現




集落の中の急坂舗装道を歩く、熊野古道の案内板に従ってこの辻、あの辻を曲がり「比曽原王子」


















更に舗装道路を歩くと「継桜王子」




















付近の民宿で泊まったトレッカーに追いつく
「秀衡桜」とある。







700年も800年も前の桜が現存する訳は無いが、桜の木は毎年花を咲かせるのだろう


















「継桜王子」から更に歩き継ぐ
「中川皇子」迄も舗装道路は続く



















更に舗装道路を歩くと「小広王子」、舗装道路を7㎞歩き継いだ



















此処から林間の「熊野古道」となる
















林の中に「熊瀬川王子」がポツンとある




















林の中のつづら折りの登りが終わり下った地点が林道の交点、其処に迂回路の表示がある
迂回路所要時間一時間三十分







ところがこの迂回路が大正解、展望が効くそれも遥か稜線越えに「槇山」が見える
「熊野古道」は展望がない。この展望は貴重である











迂回路が「蛇形地蔵」で本道に復帰する















渡る沢がこれまた見事な透明な水が流れ、キラキラ川底の石を照らすから橋の上で足が止まる
「王子跡」の謂れを読みつつ歩くな中にこの清流は更に心が澄む心地がする






「湯川王子」は、如何にも山中豪族のあるやもと云う雰囲気はある


















杉の林は続き、その急坂を登ると林道に出る。
その地点が「三越峠」、此処から分水嶺を越え熊野本宮に下る











古来、関所でもあったと云う謂れが書かれている。(拡大して読まれたい)














熊野本宮迄残り11.2㎞の歩きである












ところが途中で「熊野古道(猪鼻王子)」が通行止め、再びの舗装林道歩きで「猪鼻王子」をカットして「発心門王子」に向かう
遂に足裏に「マメ」の兆候が出る。山道では決して出ない「マメの兆候」が、厚底の登山靴で舗装道路を長時間歩くと必ず出るから不思議。








鳥居が建ち立派な祠が建つ「発心門王子」、此処が「熊野本宮」の入り口












「発心門王子」、此処から「熊野本宮」まで残り6.9㎞。頑張り処である














里に入る、これで一息ホッとする














「水吞王子」






















其処から見える「果無山脈」の山々が高い、其処にも山暮らしがあると聞く
















「伏拝王子」に到ると和歌が掛かる
和泉式部「…つきのさわり・・・」と詠む破天荒と跳んでる女人が可愛い


「熊野本宮」に向かう最後の登りに掛かる
























「展望台」」を経て「祓殿王子」、潔斎の王子である









其処から五分歩くと
「熊野本宮大社」
一層大社の社が輝いて見えるのは昔も今も変わらないのではないか
19.5㎞ 8時間25分と紹介であったが、27.3㎞ 7時間15分の歩きは十分な手応えです
確かに「歩かなければ」分からない

2 件のコメント:

  1. おはようございます。
    やりますな。案内の時間より1時間以上も短縮60代後半の人の足じゃないですね。
    奥様を置いて歩かれるのもしょうがないんですね。
    展望が見られないほどの山が深く、熊野古道は奥が深いですね。

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  2. 紀伊の山は、見事に予想を裏切りました。関西圏、大都市圏、高野山に熊野三山、南紀白浜大リゾート、ならば山もそこそこ、これが大違い。山の中に、大リゾートの欠片すら無い.在るのは何処まで歩いても続く杉林、深い谷、山上の集落、さらに奥には棄村の痕跡。大都会に近接した暮らしなど、どこにも見当たらない。在るのは山の人々の暮らしのみだから驚愕する。色濃く残る1000年越の歴史の中の暮らしがあるからこその「世界遺産」です。暮らしがあるからこそ、其処で暮らしているからこそ、そしてこれからも暮らす覚悟があるからこそ、暮らす・生きる・支えあう・祈るがあるからこそ、其処で暮らすのでしょう、その「覚悟」を見ながら歩いています

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